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必然かもしれなかった話 2

事故以降、生活が一変しました。

@弟、会社に事情を話して毎日、定時帰り。
 毎日病院へ通いました。
 8時の面会時間終了まで向こうにいました。
 「介護ハイ」という言葉があるならば、それです。
 いつもバタバタ、ギラギラしており
 ある日などは「お父さんにマッサージしてあげた!」と、私の掌を力まかせにもみしだきました。
 痛いだけです。
 自己満足なやり方とその笑顔に腹が立ちすぐやめさせました。
 弟の「僕はよくやってる」というニュアンスの発言はその後も度々あり、父の同室のご家族が
 洗濯物を持っていらしたと私に話し、その様子を「冷たかった」と言いました。
 得意気な顔がいやでした。

@私は、家のことをしていました。
 休日には病院へ行きました。

父が事故をする前の我が家は、ばらばらでした。
とても悪い感じでした。
人間としてそれぞれが、おかしな様子になっていました。

ですが、この事故によって変わっていきました。
まともな方へ。

介護の方達や介護施設とも繋がりができ、父が孤立することを防げました。

弟は韓国中国を笑いながら滔々と罵倒することがなくなりました。
現実に目を向け、頭も仕事以外に使えるようになったようです。
自転車の乗り方も、少しは気をつけているようです。
私をばかにすることもなくなったようです。
あの、不愉快な暴走ぶりは、本当に人間が悪くなったな、これはだめだな、という感じだったので
修正されてよかったです。

父は、介護職、介護施設などに守られながら週4日リハビリに通っています。
高齢者用のお弁当の配達もしてもらっています。
家族の知らぬ間に、タクシーで外へ出ているようです。
(本当は1人での外出は、不許可ですが.....)

この流れを考えると
今の段階では、よかったなと思うのです。
事故は不幸でしたが、よかったな、と。
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必然だったかもしれない話

父が退院してしばらく経ちました。

事故直前までの家族の様子を書いてみますね。

@父が過食していた。
 表情がうつろ。
 クッキーを半箱とか、他の部屋にあるものまで取りに来て食べていた。
 昔から返事をしない人間だったけれど、この時期は「聞こえてるの!?」と
 聞き返すと「ふぇ?」という返事の上に表情がおかしく、認知症を少し疑っていた。

@弟は、韓国中国をあしざまに罵っていた。
 そういう本も買ってきて、しかも私に勧めてきた。
 目つきが座ってたことが度々あった。
 私をばかにするような言動があった。
 

事故直後。

@父、身体は動くらしいけれど状況がわかっておらず、そのまま入院し
 結局その後1ヶ月、昼間はほとんど寝ている状態に。
 必要な治療もできず、何をやっても起きず。

@弟は、仕事以外のことは何もできない人間とみなしていましたが
 事故直後も、看護師さんとの受け答えさえ怪しく、イイ年の社会人なのに
 まるで学生のようで、どうしようもなく。

 以前から、自転車の乗り方が乱暴で
 (よくテレビで報道されているような問題のある乗り方です)何度も本人に注意をしていたのですが
 父の事故連絡の後、車で病院に向かう途中に弟の自転車を、轢きそうになりました。
 弟は、そのまま走り去り、心底呆れました。

 まずは、ここまで。

玄関に鏡を向けて置くこと



玄関に向けて、お化粧用の鏡を置いてみました。
でもどうも、人のイヤな面ばかり見てしまうようになって。
数日でやめました。
そんなことしてる自分も、なんだかイヤだったから。

思い出のマーニーをみて北海道に行きたくなりました



素敵な映画でした。

何度も聴きたくなるスーザンボイルさん



何度聴いても素晴らしい。

親父殿、帰宅

4ヶ月の入院から、父が帰宅しました。

看護師さん達が大勢で賑やかに元気に見送ってくれました。
入院仲間さん達も、賑やかに声をかけて送り出してくれました。
タクシーの運転手さんも、人間味がある良い人でした。

「帰ってきたら、色々と面倒事があるかも、いやだな心配だな」
ばかり考えていたけれど
「あれ?そっか、これが普通なのかな」
「世間って温かいんだ」と。

私は随分と、心の寂しい生活をしているのかなって。
でも気を張って動き回ったからこうなったかもしれないので
父も退院したことだし、少し気をゆるめて明るいほうへ、優しいほうへ行きたいと思います。

帰ったら、ご近所さんも来てくださって
報告もできて、父に声もかけてくれて、よかったです。

もう病院へ通うことはないんだなぁ。
洗濯物、とりに通ったなぁ。

帰りに、少し名残惜しいような気持ちで病院の玄関を見て
帰ってきたのでした。

これから、家で困らず生活できるかの審査があります。
専門のかたが家にみえます。

毎日が初めてづくし....。

明日帰ってきます

4ヶ月の間、入院していた父が明日帰ってきます。

目出度し。

だけど、どうもよくない。
寝たきりの期間と、リハビリ病院での期間、部屋では白い天井ばかり眺めていた入院生活だったので
しょうがないんでしょうね。

部屋の中では動けますが、目を離せない状態だそうです。
外出はもちろん不可です。

シモの粗相、始末?私、できませんよ。
こう言うとひょっとしたら怒る人もいるかもしれませんが、私はできません。
あなた、できます?大人の排泄物の処理を。

普通の人は、できないと思う。
だから看護にはプロの手が必要なんです。

看護師さんたち、頭が下がります。
老人をお風呂に入れ、シモの粗相の始末もしてくださる。
本当に、、なんて有難く。。

介護関係は、介護認定に応じて補助金が出ますが
自費の部分も大きいんですね。
お金がかかります。
情だけでは、立ちゆきません。

西原理恵子さんの本に「介護はプロがやること。家族は働いてお金をためておくこと」
とありましたが、全くその通りだと思う。
お金が家族を救うんですよね。
お金がなかったら、家族も本人も共倒れです。
辛い現実ですね。

介護離職とか、介護疲れで自殺や殺人など新聞の紙面に載りますが
本当に、苦しいことだと思います。

日本は「ゆりかごから墓場まで」ではないので自分の老後(長く生きたら、ですが)は
不安しかないです。
独身で子供もいない人達も多いと思いますが、想像すると、長く生きたくないなって。

何をするにも、保証人が要るんです。
そして、何をするにもお金がいります。

保証人になる子供がいない我が身を思うと、早めに天へ戻りたいなと思う始末。
だって、長く生きても悲惨な未来しか想像できませんから。

今回の父の入院で感じたことは
入院患者には、守ってくれる家族が絶対に必要だということ。
家族が言わないと、寝たきりの本人は放置されてました、入院した市民病院では。
家族が気がついて、看護師さんに言わないと、本当に放置ですよ。
扱いも雑で、非人間的な扱いでした。
丁寧にとは言いませんが、失礼なことや不愉快なことが多かったです。

そんな中でも、優しい心遣いをしてくださる看護師さん達もいまして
その方達に随分、感謝しました。
心のある看護師さんは、家族の不安を軽くしてくださいます。
病院という場所に絶望せずにすみました。

父、帰ってきますが
数ヶ月はデイケアと、デイサービスに通います。
スタッフさんやケアマネージャーさん達に支えてもらいながら
また、新しい生活が始まります。

なるべく、しなくてもいい苦労はせず、人や組織の手を借ります。
プロフィ~ル

ななこ

Author:ななこ
穏やかに平和に。

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